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神戸地方裁判所 昭和36年(ワ)304号 判決 1961年12月04日

原告 古山輝男 外一名

被告 新三菱重工業株式会社

主文

被告が、昭和三六年三月一日付をもつてなした各原告らに対する減給五等の懲戒処分が無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

一、原告古山は材料研究実験工として、原告栄は機械修繕工として、それぞれ被告会社神戸造船所に勤務する労働者であるところ、被告会社は、原告らが行つた「神船若者の『生活白書』を作るために!」と題するアンケート配付行為が従業員就業規則第五六条第七号の「許可を得ないで事業場内又は施設において従業員として不適当な印刷物を配布したとき」に違反するとして、昭和三六年三月一日付でそれぞれ原告らを減給五等の懲戒処分に処した。

二、ところで、原告古山が昭和三五年一〇月二八日、原告栄が同年同月一三日頃、昼の休憩時間中に、被告会社神戸造船所内で前記題名のアンケートを求める文書を同僚の青年労働者数名に配付した事実はある。しかし、同じ職場で働く仲間達の生活実態や意見についてアンケートを求めること自体は、労働者間の極く自然もつともな交流で、原告らの配付した右文書は青年労働者の真摯且つ建設的な生活向上をめざすものであり、またその配付も休憩時間を利用した適切な方法であつて、何等就業規則第五六条に該当しない。

三、本件懲戒処分は就業規則の解釈を誤るばかりでなく、かりに本件アンケートの配付を休憩時間中に行つたことを右就業規則第五六条第七号により懲戒の事由とするならば、同規則の条項が労働基準法第三四条第三項に違反する。又かりに労働協約第一二条の趣旨が、本件アンケートの配付をも禁ずる趣旨ならば、右協約は憲法第一九条、第二一条違反で且つ労働諸法規に照し違法である。いずれにしても本件懲戒処分は違法無効である。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因第一項の事実は認めるが、その余の事実は争う。

二、被告会社神戸造船所就業規則第五六条は、「従業員が次の各号の一に該当する場合においては懲戒解雇に処する。但し情状しやく量の余地があると認められるときは出勤停止又は減給に止めることがある。」と規定し、更に同条第七号は、「許可を得ないで事業場内又は施設(社宅及び寮の私室を除く)において従業員として不適当な集会の開催、演説又は印刷物若しくは図画の配布若しくは掲示をしたとき。」と定めている。

(1)  本件配布にかかる印刷物(以下本件文書という)は、その表題によつて明かなとおり、単に配布すれば足るものではなく、アンケートの結果を集計発表することを前提とするものである。この点から見ると本件文書のIIの<1>乃至<5>は労働条件の改善、向上の要求事項を含むものであるから、労働組合を通じて行われるべきものであり、労働組合以外の団体の名を以て行なうことは従業員として不適当な行為であるから、かかる文書の配布は許可を得ない限り「従業員として不適当な印刷物の配布」として前記条項に違反する行為である。

(2)  本件文書のIIIはその内容が政治的色彩の濃厚なもので、かかる事項につきアンケートを発する事自体が一種の政治活動と認められる行為である。事業所内における政治活動は労働組合活動の一部として認容される限度において労働協約所定の範囲内で認められるものであるが、労働組合以外の団体が事業所内で政治活動をすることは事業所内の規律維持の点よりみて使用者として認容し難いことは勿論である。従つて組合以外の団体の政治活動をすることは従業員として不適当な行為であり、右の如き内容の文書を配布することは就業規則にいう「従業員として不適当な印刷物の配布」として懲戒の原因になるのが当然である。

(3)  本件文書のIVは「日本民主青年同盟」(以下民青という)なる団体に関する事項である。而してアンケートの性質上個々の問につき数個の答を列記し、そのいずれかに印を附して答える形式を採つてはいるが、文書の作成者が「民青」である点からみても、「民青」を知らぬ人にはその存在を知らせ、名のみ知る程度の者には「民青」に対する関心を喚起し、より深く知る者には同調を求め又は加入の機会を与え、終局は本件文書を受取る者に対し「民青」への加入を勧誘せんとするものであることは疑を容れぬところである。

かく考えれば本件文書はそのIVを含むことにより文書全体が「民青」の宣伝活動の為に作成されたものともいい得るのであつて事業所内において労働組合以外の団体の宣伝活動を許容することは事業所の規則維持上到底できぬことである。従つて「民青」なる団体の性格、目的の如何に関係なく本件文書の配布行為は従業員として不適当なものであることが明白である。本件文書ならびにこれと前後して配布された文書の内容から見ると「民青」が政治的な性格を帯び政治的行動をその目的の内に含む団体であることは明かである。従つて「民青」の作成にかかる文書を配布することは事業所内における一種の政治活動というべきで、前述(2)と同じ理由により懲戒原因になる。

(4)  休憩時間は全くの自由時間ではなく、一日の労働時間の中間に含まれる休憩の時間であり、即ち労働と労働との間の休みに外ならず広義の就業時間に含まれるものである。使用者が労働者に対し休憩時間を自由に利用させねばならぬとは、その間労働者を労働から解放すべきこと、即ち休みの時間を奪つて労働させたり、休みの時間に仕事の後片付けや就労準備をさせたりしてはならないとの意味で、労働者がどんな事をしても使用者は放任乃至受忍せねばならぬということではない。右の点より見れば使用者は休憩時間には労働者を休ませれば足るもので、その間と雖も事業所の規律や秩序を保つために何等かの制約をすることは労働基準法第三四条に違反するものではない。本件の如き行為を会社として受忍せねばならぬ必要はなく、それが就業規則に該当する以上懲戒を以て臨むことは当然である。

と述べた。(証拠省略)

理由

原告古山が材料研究実験工として、原告栄が機械修理工として被告会社神戸造船所に勤務している労働者であること、被告会社が昭和三六年三月一日付で、原告らが「神船若者の『生活白書』を作るために!」と題するアンケート配付したことが従業員就業規則第五六条第七号の「許可を得ないで事業場内又は施設において従業員として不適当な印刷物を配布したとき」に該るとして、それぞれ原告らを減給五等の懲戒処分に処した事実原告らが右アンケート文書を配付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

成立に争いない乙第二号証によると、被告会社神戸造船所従業員就業規則第五六条には、「従業員が次の各号の一に該当する場合においては懲戒解雇に処する。但し情状しやく量の余地があると認められるときは出勤停止又は減給に止めることがある。」と規定し、その懲戒事由該当事例として、同条第七号に「許可を得ないで事業場内又は施設(社宅及び寮の私室を除く)において従業員として不適当な集会の開催、演説又は印刷物若しくは図画の配布若しくは掲示をしたとき」と定めている。

被告は、本件文書の配布が右従業員就業規則第五六条第七号の「従業員として不適当な印刷物の配布」に該ると主張するが、当裁判所は全証拠に検討を加えた結果、原告らの行為が右懲戒事由に該当しないと判断するものである。そして、被告が原告らの行為の不適当性として挙示する三点に対する見解は次に述べるとおりである。

(1)  被告は、本件文書のII<1>~<2>が労働条件の改善、向上の要求事項を含むものであるから、労働組合を通じて行わるべきものであるというのであるが、成立に争いない乙第一号証(甲第一号と同じもの)によると、本件文書のIIは「あなたの生活について」という項目で、その<1>~<5>は、平均月収、一ケ月の残業時間、職業について満足しているか否か、神船(被告会社神戸造船所の略)の賃金カーブについての意見、充分な生活をする為の給料額についての各アンケートを求めるものである。しかして、それはあくまで配布された者に対するアンケートであつて、直接使用者に向けられた労働条件の改善や向上の要求ではない。なお、被告会社と同労働組合間に結ばれた労働協約第二条(乙第一五号証参照)によれば、被告会社との一切の交渉は組合又はその支部とのみ行うとされているが、本件の如きアンケートを求める行為が協約にいう交渉に該当しないことは論をまたないところである。更に、右アンケートが窮極においてそれを集計発表し、又は労働条件の改善、向上の要求の資料の一とされるものであつても、アンケートを求める段階では、いかなる形式で発表されるか、又被告会社における労働協約の交渉の原則に従つて、労働組合からの要求の資料に用いられるか否かが未定である点に留意さるべきことを附言する。

(2)  被告は、本件文書のIIIは政治的色彩が濃厚で、かかる事項についてアンケートを発すること自体が一種の政治活動と認められる行為であるというのであるが、前記乙第一号証によると、本件文書IIIは「総選挙が近づきました」という項目で、選挙に対する関心の度合、支持政党、その他政治に対する認識についての意見を求める部分である。ところで、具体的にいかなる行為が政治活動と認められるかは、微妙なものがあるが、少くとも本件の場合右アンケートの表題が「神船若者の生活白書を作るために」と題されているとおり、その内容も神戸造船所の若い従業員の生活実体と意見を知る目的の下に作成されたアンケートで、記入者の氏名も記載事項となつていないばかりか、特定の政党や政策を支持することを求めているような表現もなく、且つ、設問者の政治的信条、政策、或は現在の政治一般に対する批判等の記載も見当らない点を考え合せても、かかるアンケートを発すること自体を政治活動と断定することは困難である。

(3)  被告は、本件文書のIVが民青の宣伝活動の目的で作成されたもので、且つ、民青が政治的性格を帯び、政治的活動をその目的の中に含む団体であるから、その作成にかかる文書を配布することは一種の政治活動であると主張するが、政治的団体の行う行為が総て政治的行為であるとは限らない、乙第一号証によると本件文書IVは「民青について意見を聞かせて下さい」という項目の下に、「日本民主青年同盟」なる団体の知、不知、これに対する意見や希望を求めるアンケートであつて、宣伝活動の目的のもとでなされたものと認めることは困難であるばかりでなく、本件懲戒の対象は、本件文書の配布行為そのものであるし、前記(2)にのべた事情を考慮すると、IVが政治的活動であるとは到底認められない。

以上述べたところによれば、本件文書の配布が就業規則第五六条第七号の従業員として不適当な文書の配布に該当すると認めることは困難である。そうするとその余の点については判断するまでもなく、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小泉敏次 正木宏 西池季彦)

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